2013/06/15

06/15 sat 木で網戸を手作りしてみた その3(小窓編)

やっと時間が空いたので1年ぶりにトイレの小窓の網戸作りに取りかかる。


小窓だと枠の強度は十分とれるので
網自体に強度を期待する必要はない。
大体、ルーターの製材所並みの音量と舞い散る木屑にさらされたくないのが本音である。
組み立ては木工用ボンドとスリムビスを使用。
手持ちで組んだため枠に捻りが入ってしまったが、グイと逆に捻ってビスを曲げてしまえばよい。





今回は網戸の取り付けに
強力両面テープ
ホチキス
通常の網戸取り付けテープ
を使用した。
テープの替わりにプラ板や合板で押さえた方が
良いだろう。というかテープは全然役に立っていない。





枠にピッタリあわせるためには、4辺をしっかり測る必要がある。真四角ではない可能性が高い。
若干大きめに作って修正すれば良いのだが、今回は邪魔くさいので無修正である。
横に1mm程度の隙間ができたが、蚊が匍匐前進で侵入してくることも無いだろうから良しとする。







2013/05/05

5/05 DELL VOSTRO 200を デュアルブートにしてみた

今回、WIN Server 2008 上でOracle11gを使う都合があったので、DELL VOSTRO200をデュアルブートにしてみた。
なぜこんなネタかというと、小忙しくて他にネタが無いからである。

以前はsystemCommanderだとかハードディスクチェンジャとかを使っていた事はあったが、今回はHDD電源セレクタである。必要のないHDDに電気を送らないという単純明快な仕組みだ。
一応、通電していると切り替えスィッチは動かない仕組みになっているらしい。もっとも、組んでしまった以上、怖くてそんな実験はできないが。

必要なものは
①増設用ハードディスク IDEでもシリアルATAでも良いようだ。
  今回はseagate 1TB ¥7000程をamazonで購入

②SATAケーブル 片Lを使う場合はまがりの上下に気をつける事。
   上は接続する機器の上側に曲がっている。

③ainex HDD POWER SUPPLY SELECTOR \2800程度
   今回は3.5inch用を購入。

④電源変換ケーブル(必要なら)
  何故かSELECTORの入力コネクタは大4ピンである。
  パソコン側の電源がSATA用なら変換が必要。

まずネジを外して側面のカバーを外す。
カバーは後ろ方向にずらすと落ちる。
引掛けが前向きに付いているだけなので本当にポロリ落ちる。

落ちたカバー。
左カバーも同様に外す。
その方が掃除もしやすい。

前カバーは左側の引掛けを外すだけ。
もっとも、全部一挙に外さねばならないので、
手が小さいとやりにくそうだ。



カバーをクルリとドアを開けるように外す。
このカバー内部は強烈に埃がたまっていた。


前カバーのめくら蓋は簡単に外せる。

差別用語っぽいので閉止板とも言うらしいが、変換もまともに出来ない。
差別用語にうるさいマスコミだが得意げにレイムダック政権なんて言ってたりする。
どうも頭脳構造がよく解らない。
そういえば、新聞に何万ボルトの高圧電流が流れたなどと言う表現にいまだにお目にかかる事がある。
高圧の電流ねぇ ウ~~~~



シャーシ側は板が4点ほどピンポイントで溶接されているので、ドライバなどで強引にコネテ外す。




電源供給ケーブルを接続する。
A、Bの区別がつくようにしておくと便利だ。




3.5inchベイに仮置き。



SATA用電源ケーブルは脆弱なので丁寧に扱う。
若干、ゆがめながら扱えばやり易い。
写真は解りやすいように大きくゆがめているが、これはやりすぎである。



















前カバー装着後、セレクタを固定する。
DELLの場合、片方したネジ止め出来なかったので操作時にセレクタが押し込まれるように動きやすい。
Π状の形を□状に変更する工夫が必要だ。












構造的に非常に簡単明快なので安心感がある。
特殊なソフトを入れる必要もない。
したがってバージョンアップもバグもない。
OSを選ばないので、何も心配する事が無い。

2013/04/14

4/13 WENGERの電池交換をしてみた

 WENGAR swiss mountain commandの電池交換である。確か前回はパッキンも交換したはずである。サイズは適当であったが、どうせ元のパッキンはふにゃふにゃになっていたからどう転んでも元のパッキンよりはましであろう。
スクリューバックはいつもこうやって外している。
心ある方は真似をされないように。


クロノグラフ針が狂っていたので調整する。
すぐ忘れるのでメモ代わり。
●1/10秒計

リュウズを一段引く。

上ボタンを押す。

押しっぱなしで連続変更。

●クロノグラフ針

リュウズを一段引く。

下ボタンを押す。

押しっぱなしで連続変更。


●30分計

リュウズを二段引く。

上ボタンを押す。

押しっぱなしで連続変更。




衝撃からメカを守るための仕様のようだが、モノによっては叩いただけで狂ってしまう物もあるようだ。
まあ、がちがちに作るより、狂っても直す手段のある方が合理的ではある。








2013/03/10

3/10温故知新Prj4 襟裏返しをミシンテストにしてみた

温故知新Prj2 ミシン修理のテストである。
ただ縫うだけなら面白くもないので、襟と袖口の擦り切れたシャツの修復を行う。
台襟は内側を新たに別生地に変更する。
襟は裏地を表にし新たに別生地で裏地とする。
袖口は裏地で表地の擦り切れた部分を補い、新たに別生地で裏地とする。
別生地はオックスフォードかダンガリーを使いたかったが、耐久性からポリ綿を使用した。
何かシャツではT/Cというのが普通のような気がしたが、テトロンはポリエステルの商標らしく東レ-帝人-ナイロンをくっつけたものらしい。


台襟部分は生地が傷んでいた為フランケン状態である。





台襟下部は手縫いで柔らかく仕上げた。

袖口もフランケン状態。
柄を合わせ、縫い目部分でパッチワークしているので一目見ただけでは判らない。


ついでの事に生地が赤っぽくて気に入らなかったので、ダイロンコールドのフレンチブルーで染めてみた。
使用量は1/4缶。
色調は写真(上の2枚)が写真(下の3枚)に変わった。
ちなみにコーナンでは入荷が不安定な為、ダイロンの取り扱いをやめるらしい(担当者談)。
ダイロンコールドは廃番になるという事なので、その関連だろうか?
とりあえず必要な時は六甲のドリームまで行かねばならない。西宮のドリームは女の館という感じがあって、どうも入りにくいからである。



見ての通り、襟の裏地をずらす量が少なかったため襟先がはねてしまっている。


2013/02/11

2/11 温故知新Prj3 SEIKO Excelineを修理してみた

母親の使用中であったSEIKO Exceline。 1989年頃のものである。
電池交換に出したものの、止まってしまうという事で返送されてきた。
母親から徐々に遅れて止まってしまうという事は聞いてはいたが、そのような止まり方もおかしい。
詳しく見てみることにする。
たいていの電池交換は自分でやってしまうが、動かない時計を動かそうというのは小学校以来である。何でもバラスのが好きだったので、壊れた腕時計を親からもらったのだ。
工具は彫刻刀と肥後の守。資料は百科事典のみである。というより一般家庭にはこれ位しか使えるものがなかったのである。
さて、色々検討の結果、アンクルの爪が一本無くなっているのを確認した。といってアンクルを作るわけにもいかない。そこで、半田があったので親が押絵に使っていた小さなコテでそれを溶かし、アンクルの先にヒョイと爪を作ったのだ。やっつけではあったが、腕時計は見事に復活し時を刻み始めた。
我ながら鼻高々であり、親もまさかと驚愕の面持ちではあったが、哀れ、一か月後には半田が折れてしまいガラクタに逆戻りと相成ったのであった・・・。


裏ぶたを外してみる事にする。
裏ぶたはこじるだけのようだが、傷がひどい。本体、タブ両方に無数の傷が付いている。まるで素人仕事である。精密ドライバででもこじったのだろうか。
パッキンも劣化してぼろぼろである。 まあ普通、電池交換でパッキンも交換してくれる時計屋も無いだろうが。
コイルにも傷は無く、電池も問題なさそうなので、一旦蓋を戻し、竜頭を回転させてみる。
拡大鏡で見てみると、長針は20秒に1回程度動いている。しかし、長針を良く見ると0.2mm程の白いカビのようなものが数粒付いている。ふと思いついて、母親に電話で確認してみると、やはり風呂に浸かってはいないが、シャワーがかかってしまったようだ。中に水分が入ってしまったために長針が斑点状に錆びてしまったのだ。
針は約半日で止まってしまった。
錆によって負荷が上がってしまっているのかもしれない。

とりあえず、動かし続けるべく電池を注文する。ついでにパッキンも注文する。メール便で送ってくれるし、SMBCからなら振込もタダである。注文先は「時計材料店」でググればすぐに判る。
ただし、注文はお薦めだが、
修理自体はお薦めではない。

3日ほどで電池が着いたので、電池を交換する。アタリを取るべく短針を一回りさせて、様子を見ることにする。どうも5:20頃になると止まる事が多いような気がする。


数日様子を見るも改善は見られない。
OHなしで放ったらかしのクオーツとしては限界寿命かも知れない。若きサラリーマン時代に両親に贈ったペアウォッチである。引導を渡すなら自分の手でと、禁断の潤滑剤を使用する事にした。針先に一滴とり、中心のギアに落とす。
すかさずティッシュで余分なものを吸い取る。
再び、数日のテストはクリアした。パッキンにシリコングリスを薄付けし、裏ぶたを嵌めこむ。
その後、時計は遅れる事もなく動き続けているようである。





結局、修理とも言えるようなものでもなかったが、まあ暫くは動いてくれるだろう。
が、家にはもう2台修理すべき時計が残っている。SEIKOダイバーとロードマチックである。
ダイバーはかなりバラしたが、竜頭を抜いたのが敗因であった。スイッチか何かがうまく入らなくなってしまったのだ。時計というのはなかなか奥が深く、蒐集だけでなく、修理も趣味として成り立つような気がしてきたのであった。

2013/01/31

1/31 温故知新prj2 ジャノメ メモリアを修理してみた


これは1980年頃に購入したミシンである。
母親が長らく使用していたが、年末に突然ガクッといったまま動かなくなってしまったらしい。
糸が絡んでいたので取ったようなのだが、びくともしない。

オイルもないので持ち帰ることにする。
*(CRC・オイルの使用方法には諸説ある。その使用に関しては完全に自己責任で行っている事を留意されたい。DIYは生活・社会を理解するための試行の繰り返しである。TRIALに自己責任を取れぬなら自らは何も行うべきではない。)

重い。
フレーム構造がほとんどアルミダイキャストである。
駆動部分もまさしくマシンと呼ぶにふさわしい。

さて、全体に構造を見てみる。
特に不具合は目視出来ない。
手動で強引に動かしてみるが、ある範囲内でしか動かない。
どうも上下運動の死点で止まっているようだ。

とりあえずは、困った時のCRCである。
内科医であれば抗生物質、皮膚科医であればステロイドといったところか。
CRCも評判が悪いが要は使いようである。
これで数時間ようすを見る。


数時間後、潤滑油がしみ込むのをイメージしながらハンドルを廻し戻すを繰り返す。
そのうちに、じわりと範囲が広がる。

CRCを追加して再び廻し戻す。
突然手ごたえが無くなり回転する。
再度CRCを追加して、モーター駆動にする。
全く問題なく動くようになった。

試しにフットコントローラ+電源コード入れをジャージで作ってみる。
ニットステッチを使用して・・・と思ったのだが、何せ水平釜なるものを使った事がない。
ボビンケースが必要なさそうなのは解るのだが、そのまま放り込んでも糸が絡まるだけである。
まあ手を抜かずにネットで調べることにする。
と、なんとも、ジャノメのサイトからMEMORIA5001のマニュアルがダウンロードできるではないか。
コピー原稿からPDFに加工したようだが、これまた風情があってよろしい。
購入者に対する真摯な姿勢が感じられる。

本格的なテストは後にして、例のごとくプラスティックの漂白を行う。
左写真はフリーアーム横の小物入れ兼用の可動ベッド部である。
小物入れ部だけがプラスティックとなっている。
ただの蓋だが構造強度は十分である。





訳のわからぬ金属板がビスに接続されている。







プラスティック板内部に金属板が差し込まれていた。
小物入れ横に電気回路基板があるところから、
どうやらシールド機能を持たせているようだ。












保管ケースも黄ばんでいた事から、漂白する事にした。
大型ポリ袋にケースを収め、スプレーでハイターを振りかける。ポリ袋は密閉し、日向に3日放置する。その間、まんべんなく太陽が当たるように移動し、ときどきスプレーを繰り返す。
ロゴ部分は木工用ボンドを塗り、マスキングとする。
プラスティックの漂白に関しては
黄ばんだプラスティックを漂白してみた
を参照されたい。

黄ばみもほぼとれた。
元の色が判らないので、この程度に止める。
もっと放置すれば、もっと白くなるかもしれないが、強度的に不安な事もある。



仕上げに手元照明のランプを購入、冷蔵庫用15W 110vである。
ミシン油を主要部分にさして終了。
本格的なテストに移る。





MEMORIA5001は日本初のコンピュータミシン。5002は翌年発売のその改良版である。
変更点は、自動糸通し、上部小物入れ内部の説明文等。
改良が早い事から、コンピュータ関連の手直しがあったのだろう。
今でこそ、OSに何回もサービスパック(パッチ)を当てるのは当たり前だが、何せ時代が違いすぎる。
<やはり、造りは質実剛健である。欧米に打って出るという気概が感じられる。
値段は当時で188,000、50ccバイク2台分くらいであった。

2013/01/10

1/11 温故知新prj 1 MK布団乾燥機を修理してみた

これは1979年頃に購入した布団乾燥機である。
特に故障もなく使用していたが、5年ほど前からタイマが効かなくなり、この冬にとうとう電源が入らなくなってしまった。
30年余り使用したのだからと粗大ごみに出すことにした。

最期のお務めもままならなかったかと若干、購入当時の事を思い出しながら表面を拭ってみたが、質感は当時と変わっていないような気がする。
ふと思いついて、金属ゴミに分別しようと分解することにした。




と、送風モータを見て愕然とする。
なんと積層鋼板まるだしである。
部品一つ一つが”ちょっとやそっとで壊れるものか”と主張するがごとく・・である。

加熱部分も鉄板構造ねじ止めである。

プラスティックにグロメット ぱっちんぱっちんてな代物ではない。


これは直さねばなるまい。


電源部分を見てみると、直すと言ってもタイマのモータの部材(写真の白い軸)が劣化して脱落しているだけであった。

例のごとくプラリペアで修復する。

タイマが作動するかどうかはどうでも良かったのだが、一応歯車に紙の秒針のようなものをくっつけ電源を入れてみた。

10分ほど放置すると確かに歯車は回転している。
プラリペアの硬化を待って操作部を組み上げる。

長年の垢というか埃をきれいに取り除き、
ついでに磨き上げる。

付属品の蛇腹とエアマット部。
30年も経つと蛇腹のプラが劣化しそうなものだが何の不具合もない。
マットも終端にジッパ、中央はスナップ止めの為、簡単に裏返して洗濯できる。
実に良く考えられている。

ダイソンのクリーナヘッド部にも、蛇腹状の部分があるが、これは使用10年にして破れてしまった。仕方がないのでスーパーXで補修している。


確かこういう部分にはフィルターが存在した方良い気がしたためそれなりのものをつけてみた。
これは洗面所の排水口のゴミトラップを薄く切ったものである。
キャンドゥにて¥105なり。








現在、布団乾燥機は絶好調で動作している。やはり昔のものは分解してみると日本人技術者の心意気が感じられるものが多いような気がする。
ふと、その後、実家のために買って帰ったNIES(東南アジア)の扇風機が新品でありながら首を振る機構がつぶれており、恥ずかしく情けない思いをした事を思い出した。
あの頃からおかしくなりだしたのだろう。

最近、法人税が下がらなければアジアに行くしかないとかいう”経営者”の話を良く聞く。
御本人が行くのであろうか?

・・・恥知らずな話である。